ニコラエフスク(尼港)事件
ニコラエフスクは、サハリン(樺太)の対岸、アムール河(黒竜江)河口から入ったところ直ぐの良港。ロシアのパルチザンによる襲撃で、民間人を含む日本人のほとんどが犠牲になった。当時わが国のマスコミは、政府発表を受けて、「尼港事件」の悲劇を書き立て、反ソ感情を煽(あお)った。中村楠雄の新宮町を上げての葬儀も行われた。病床にあった俊子は、葬儀に顔を出すこともかなわなかった。

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