顕明、廃娼(はいしょう)への願い
写)沖野岩三郎著「生を賭して」

新宮に遊廓設置問題が起こった時、大石誠之助らが「牟婁新報(むろしんぽう)」の荒畑寒村(あらはた・かんそん)や管野(かんの)スガと呼応して、反対の論陣を張っている。しかし、きわめて少数意見だった。社会主義者の中でも廃娼問題まで踏み込めないのが現実で、むしろキリスト者に担(にな)われていた。顕明も反対の立場であった。貧困ゆえに娘たちが身売りされ、性をひさぐことは到底許されないことだった。沖野岩三郎は、顕明が「女郎屋の存在は、嫖客(ひょうかく・遊女と遊ぶ客)の存在が原因」だから、毎朝早く遊廓の入り口に立って朝帰りの客を手帳に控(ひか)えたり、忠告したり、投書したりしよう思うから、手を貸してくれと頼まれたと語っている。殴(なぐ)られることも覚悟の上で(「生を賭して」から)。顕明の純真さ一途(いちず)さがうかがえるエピソード。

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