池田の地蔵と盆踊り
熊野地では、阿須賀神社前、徐福塚などとともに池田渡船場の六地蔵尊の盆踊りも盛んで、池田港には松沢炭鉱の石炭置き場と事務所など、炭鉱関係の事務所もあり、伊勢や三河方面の帆船も多数入港し、中部の物産を運んできた。盆踊りには三河、伊勢方面の盆踊りも盛り込まれ、異彩(いさい)を放っていた。 昔、町内各所には氏神(うじがみ)さんが祭られていたが、池田の氏神さんは「八咫烏(やたがらす)神社」、明治後期の神社合祀(じんじゃごうし)令によって速玉神社に合祀された。旭町(あさひまち)と池田町の通りを結ぶ形の、熊野川に並行する通りをかってはヤタガラス町と呼んだ。

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