看板は伊作が書いた
西村伊作が看板を書いたと本人が証言している(「我に益あり」)、その看板の下での記念撮影の写真は、左から久保了二、誠之助、伊作で、「太平洋食堂」の写真としては広く流布している唯一のもの。後年北海道に住んだ久保が、同じ北海道在住であった竹田夏樹(佐藤春夫の弟)に託したもので、新宮の久保写真館の台紙が付いている。
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