成川(なるかわ)の渡しと熊野大橋の架橋(かきょう)
写)成川の渡し(成川側 昭和10年4月)

街中から川原町へ、まだ堤防が完備されていないとき、南から北へ三本の通りが川原へと下っていた。東側から、横町通り、新道通り、御幸町通りで、それぞれの通りに沿う形で町並みを形成していたのだが、横町通り(現大橋通り・国道42号)に通ずる形で対岸三重県成川(なるかわ)との大橋架橋が完成するのは、1935(昭和10)年4月。熊野大橋である。町は未曾有(みぞう)のにぎわいを呈した。それまで、明治期になって成川の渡しが運航され、初めは成川区の請負で通行人から料金を徴収していたが、明治40年度から三重県営となり無料。架橋によって廃止された。


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