大きなボッツリ
ボッツリを上げる予報も、ラジオの発達により昭和初期には姿を消した。 もともと当地では、魚を入れる竹かごの「びく」のことを「ぼっつり」と呼ぶ。「ぼっつり山」そのものも、鉄道の敷設によって分断され、さらには道路拡幅で削り取られて、いまでは、ほんの一部を残すのみとなっている。

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