自邸や父が登場する春夫の作品
写)春夫が編集した父の自伝「懐旧」手書き本

自邸周辺の様子や幼年時代の交友、いたづらぶりを描いた作品の代表は「わんぱく時代」。 現在、講談社文芸文庫で読める。その先駆(さきが)けと思われる作品群は「我が成長」(昭和10年刊)に収められている。 「成育」の家は、「けい雨山房(けいうさんぼう・雨が降り草が香るの意)」と名付けられ、春夫に「けい雨山房の記」という文語文のエッセイがある。そこには、母の胎内(たいない)に居る時に父(春夫の祖父)に死に別れた、父豊太郎(とよたろう)への思いが綴(つづ)られている。母(春夫の祖母)も子を残して実家に去って行った、幼年の父の悲しみを語った自伝「懐旧(かいきゅう)」は、春夫自身の手で後年編集刊行されている。そうして、親子して春夫の曽祖父椿山(ちんざん)の「木挽長歌(こびきちょうか)」の手稿を読み解いてゆく作業から成立したのが、春夫の作品「熊野路(くまのじ)」(昭和11年・小山書店刊・新風土記叢書の1冊)である。春夫の作品を考えるとき、俳人で漢学にも通じ、多趣味、潔癖(けっぺき)を道徳的な理想としたという父の生き方を無視してはいけないのだろう。

戻る