新宮高女生のストライキ
写)丹鶴城石垣前に集合した女生徒たち。胸に白リボンをつけている

明治期、丹鶴城は憩(いこ)いの場で、明治末から大正期にかけて遊園地化しようという動きがあったほど。その丹鶴城址に、1911(明治44)年4月新宮高等女学校の3年生の生徒が胸に白リボンを付けて集まった、白リボン組と呼ばれた面々。野崎英夫教諭の転任問題に抗議してのストライキである。1909(明治42)年の新宮中学のストライキは、町中を沸騰(ふっとう)させたものだったが、規模こそはまるで小さくても、女性とて心意気では負けてはいなかったということであろうか。

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