春夫の通学路
写)「熊野誌」35号掲載の「春夫の通学路」

ここから、新宮中学(現・県立新宮高校、ほぼ現在地)に通った春夫は、入学時に将来の希望を問われて「文学者」と答えている。まだ、お濠(ほり)が残っており、地形も随分変わっているが、今では露地(ろじ)となっている細い通りを抜けて、通った。そこには、野球などに打ち興じた少年から、文学や思想に目覚めてゆく、春夫の思春期があった。 「熊野誌」35号(佐藤春夫記念館開館特集号・平成2年2月刊)に清水徳太郎が「春夫の通学路」を書いていて、参考になる。

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