辻原登作「許されざる者」の発端
写)左上に船が見える

「あの日のことを忘れることはできない。私たちは港にいた。/明治三十六年(一九〇三)三月の終わり。ひとりの男が意気軒昂と帰ってきて、それを迎える私たちも喜びにあふれていた。」―辻原登の長編「許されざる者」の書き出し。大石誠之助をモデルとした主人公槇隆光(まき・たかみつ)が帰還する場面。紀洋丸が白煙をなびかせ近づいてくる。艀(はしけ)が盛んに行き来する。虹(にじ)が出て、出迎えに花を添える。出迎える砂浜の背後は石垣の堤防、堤防の上を松並木の道路、数軒の船宿と二百戸余りの民家、漁師と船大工と人力車夫の家、船宿は食堂と船客待合所、船に積み込む弁当屋を兼ねていた、と描かれている。

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