境内、無学祖元の徐福を称(たた)える漢詩碑
中国の宋の時代の臨済宗の僧・無学祖元(むがくそげん・鎌倉円覚寺を創建・1226-1286)は、北条時宗の招きで来日、「紀州熊野の霊祠に於いて香を献ず」という詩を作っている。宋代には中国にも、徐福の渡来地を熊野とする説が伝わっていたことが分かる。 また、1376(洪武9)年、室町前期、五山の祖とされる日本僧・絶海中津(ぜっかいちゅうしん・1336-1405)が明に渡っていた時、明朝の開祖洪武帝(朱元璋)に召し出され、徐福が熊野に寄港したことに触れて、応答の詩を作っている。徐福と熊野の結び付きは、すでにこの頃知られていた。


戻る