沖野岩三郎(おきのいわさぶろう)の赴任
写)沖野岩三郎
和歌山県日高郡寒川村(そうがわむら・現日高川町)生まれの沖野岩三郎が、明治学院神学部学生として新宮に夏季伝道にやってくるのは1906(明治39)年8月。無牧時代が続いていた新宮教会牧師として赴任してくるのは、その翌年6月。沖野は大石誠之助とは、毎日のように行き来し、さらには浄泉寺住職の高木顕明も交えた談話会を定期的に開くようになる。1910(明治43)年、大石と共同で新聞型雑誌「サンセット」を刊行するが、「大逆事件」によって5号まで。沖野だけが「大逆事件」の起訴を免れたことが、その後の人生に大きな影響を与える。1917(大正6)年6月新宮を離れて上京。「宿命」が新聞小説に当選したのを機に、作家生活に入る。「大逆事件」の遺家族救援や、事件を秘密裏に語ることなどに尽力。童話作家としても郷土色豊かな作品を多く残した。
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