『誠之助トランク』
1911(明治44)年「天皇暗殺を企てた」として、新宮の医師大石誠之助ら12名が処刑された。さらに無期懲役12名。なかに6名の新宮関係者が含まれていた。いわゆる「大逆事件」と言われているもの。 現在の研究では、新宮関係の6名を含め、多くの者は冤罪で無実であったと言われている。 大石誠之助は西村伊作の叔父で、はやく両親と死に別れた伊作にとっては、父親代わりの存在。伊作は誠之助から西欧の合理的思想や料理など多くのものを吸収した。 西村記念館には、誠之助がアメリカに渡ったとき使用したといわれるトランクや、自製の書架など展示。 新宮市春日の小公園には、「志を継ぐ」という「大逆事件」の犠牲者を顕彰する碑が立てられている。 新宮市南谷の共同墓地には、大石誠之助の墓や、犠牲者の淨泉寺住職高木顕明の顕彰碑と墓、峯尾節堂の墓がある。
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